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むは」とて起き給ふなり。何事にかあらむ聞え給ふ聲はせで、おとゞ打ち笑ひ給ひて「古だに知らせ奉らずなりにし曉のわかれよ、今ならひ給はむに心苦しからむ」とて、とばかり語らひ聞え給ふけはひどもいとをかし。女の御いらへは聞えねどほのぼのかやうに聞え戯れ給ふ言の葉の趣にゆるびなき御なからひかなと聞き居給へり。み格子を御手づからひきあけ給へばけぢかき傍いたさに立ちのきて侍ひ給ふ。「いかにぞ。よべ、宮はまち喜び給ひきや」、「しか、はかなきことにつけても淚もろにものし給へばいとふびんにこそ侍れ」と申し給へば、笑ひ給ひて「今いくばくもおはせじ。まめやかに仕うまつり見え奉れ。內のおとゞは、こまかにしもあるまじうとこそ憂へ給ひしか。人がらあやしう華やかに雄々しき方によりて、親などの御けうをもいかめしきかたざまをばたてゝ人にも見驚かさむの心あり。誠にしみて深き所はなき人になむものせられける。さるは心のくま多くいと賢き人の末の世にあまるまでざえたぐひなくうるさながら、人としてかく難なきことは難かりける」などの給ふ。「いとおどろおどろしかりつる風に、中宮にはかばかしきみやづかさなど侍ひつらむや」とてこの君して御せうそこ聞え給ふ。「よるの風の音はいかゞ聞し召しつらむ。吹きみだり侍りしにおこりあひ侍ひていと堪へがたきにためらひ侍る程になむ」と聞え給ふ。中將おりてなかの廊の戶より通りて參りたまふ。朝ぼらけのかたちいとめでたくをかしげなり。ひんがしの對の南のそばに立ちて御前の方を見遣り給へばみ格子ふたまばかりあげてほのかなる朝ぼらけの程に御簾卷きあげて人々居たり。高欄にもおしかゝりて若やかなるかぎりあま