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うさまでいひなすべき事にも侍らざりけり。この春の頃ほひ夢がたりし給ひけるをほの聞き傅へける女の、我なむかこつべきことあると名のり出ではべりけるを、中將の朝臣なむ聞きつけて、誠にさやうにもふればひぬべきしるしやあると尋ねとぶらひ侍りける。くはしきさまはえ知り侍らず。げにこの頃珍しき世語になむ人々もし侍るなる。かやうのことこそ人のためおのづからけそんなるわざに待りけれ」と聞ゆ。誠なりけりと思して「いとおほかめる。つらに離れて後るゝ鴈をしひて尋ね給ふらむがふくつけきぞかし。いとともしきに、さやうならむものゝくさはひ見出でまほしけれど、名のりも物憂ききはとや思ふらむ。更にこそきこえね。さてももてはなれたる事にはあらじ。らうがはしくとかく紛れ給ふめりし程に、底淸くすまぬ水に宿れる月は曇りなきやうのいかでかあらむ」とほゝゑみての給ふ。中將の君も委しく聞き給へることなればえしもまめだゝず。少將と藤侍從とはいとからしと思ひたり。「朝臣や、さやうの落葉をだにひろへ。人わろき名の後の世に殘らむよりは同じかざしにて慰めむに、なでうことかあらむ」とろうじ給ふやうなり。かやうのことにてぞ、うはべはいとよき御中の昔よりさすがにひまありけるに、まいて中將をいたくはしたなめてわびさせ給ふつらさをおぼしあまりて、なまねたしとも漏り聞き給へかしと覺すなりけり。かう聞き給ふにつけても、對の姬君を見せたらむ時、又あなづらはしからぬ方にてももてなされむはや、いと物きらきらしくかひある所つき給へる人にて、善き惡しきけぢめもけざやかにもてはやし、又もてけち輕むることも人に異なるおとゞなれば、いかにものしとおぼすと