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さなし。いかなることにかあらむ」などこの頃ぞおぼしのたまふべかめる。


常夏

いとあつき日、ひんがしの釣殿に出で給ひて凉み給ふ。中將の君も侍ひ給ふ。親しき殿上人あまた侍ひて、西川より奉れる鮎、近き川のいしぶしやうのもの、おまへにて調じてまゐらす。例の大殿の君達、中將の御あたり尋ねて參り給へり。「さうざうしくねぶたかりつるをり能くものし給へるかな」とておほみきまゐり、ひみづめして、すゐはんなどとりどりにさうどきつゝくふ。風はいとよく吹けども日のどかに曇りなき空の西日になるほど、蟬の聲などもいと苦しげに聞ゆれば、「水の上むとくなる今日のあつかはしさかな。むらひの罪は許されなむや」とて寄り臥し給へり。「いとかゝるころは遊びなどもすさまじく、さすがに暮し難きこそ苦しけれ。宮仕する若き人々堪へがたからむな。おびひもゝ解かぬほどよ、こゝにてだにうち亂れ、この頃世にあらむことの少しめづらしくねぶたさ醒めぬべからむこと語りて聞かせ給へ。何となくおきなびにたる心地して、せけんの事も覺束なしや」などの給へど、珍しきことゝて、うち出で聞えむ物語も覺えねば、かしこまりたるやうにて、皆いと凉しき高欄にせなか押しつゝ侍ひ給ふ。「いかで聞きしことぞや。おとゞのほかばらのむすめ尋ね出でゝかしづき給ふとまねぶ人なむありし。誠にや」と辨の少將に問ひ給へば「ことごとし