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 「ふるき跡をたづぬれどげになかりけりこの世にかゝる親の心は」と聞え給ふも心はづかしければいといたくも亂れ給はず。かくしていかなるべき御有樣ならむ。

紫の上も姬君の御あつらへにことつけて物語は捨て難く覺したり。こまのゝ物語の繪にてあるを、「いとよく書きたる繪かな」とて御覽ず。ちひさき女君の何心もなくて晝ねし給へる所を、昔の有樣おぼし出でゝ女君は見給ふ。「かゝるわらはどちだにいかにざれたりけり。まろこそ猶ためしにしつべく心のどけさは人に似ざりけれ」と聞え出で給へり。げにたぐひ多からぬ事どもは好み集め給へりけむかし。「姬君の御前にてこの世馴れたる物語などな讀み聞かせ給ひそ。みそか心つきたるものゝむすめなどは、をかしとにはあらねどかゝる事世にはありけりと見馴れ給はむぞゆゝしきや」とのたまふもこよなしと、對の御かた聞き給はゞ心置き給ひつべくなむ。うへ「心淺げなる人まねどもは見るにもかたはらいたくこそ。空穗の藤原の君の娘こそ、いとおもりかにはかばかしき人にてあやまちなかめれど、すくよかに言ひ出でたるしわざも女しき所なかめるぞひとやうなめる」とのたまへば、「うつゝの人もさぞあるべかめる。ひとびとしくたてたるおもむきことにて善き程に搆へぬや。よしなからぬ親の心とゞめておふしたてたる人の、こめかしきを生けるしるしにて後れたる事多かるは、何わざをしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるゝこそいとほしけれ。げにさいへど、その人のけはひよと見えたるはかひあり。おもたゞしかし。詞の限りまばゆく譽め置きたるに、しいでたるわざ言ひ出でたることの中にげにと見え聞ゆることなき、いと見劣りするわざ