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君なども人のいらへ聞えむこともおぼえず、耻かしくて居たるを「うもれたり」とひきつみ給へばいとわりなし。夕闇過ぎておぼつかなき空の氣色の曇らはしきに、打ちしめりたる宮の御けはひもいとえんなり。內よりほのめく追風もいとゞしき御匂の立ち添ひたればいと深くかをり滿ちて、かねておぼしゝよりもをかしき御けはひを心とゞめ給ひけり。うち出でゝ思ふ心の程をのたまひ續けたる言の葉おとなおとなしく、ひたぶるにすきずきしくはあらでいとけはひ殊なり。おとゞいとをかしとほの聞きおはす。姬君は東おもてにひき入りて大殿籠りにけるを、宰相の君の御せうそこ傳へにゐざり入りたるにつけて「いとあまりあつかはしき御もてなしなり。萬の事ざまに隨ひてこそめやすけれ。ひたぶるに若び給ふべきさまにもあらず。この宮達をさへさし放ちたる人づてに聞え給ふまじきことなりかし。御聲こそ惜み給ふとも少しけ近くだにこそ」など諫め聞え給へど、いとわりなくて、ことつけてもはひ入り給ひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまに侘しければすべり出でゝ、もやのきはなる御几帳のもとにかたはらふし給へり。何くれと事長き御いらへ聞え給ふ事もなく思しやすらふに、寄り給ひて御几帳のかたびらをひとへうちかけ給ふにあはせて、さと光るもの、しそくをさし出でたるかとあきれたり。螢をうすきかたにこの夕つ方いと多く包みおきて光をつゝみ隱し給へりけるを、さりげなくとかくひきつくろふやうにて俄にかくけちえんに光れるに、あさましくて扇をさし隱し給へるかたはらめいとをかしげなり。おどろおどろしき光見えば宮も覗き給ひなむ。我がむすめとおぼすばかりのおぼえにかくまでのた