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申すも胸潰れておぼせど、「その姉君はあそんの弟やもたる」。「さも侍らず、この二年ばかりぞかくて物し侍れど親の掟に違へりと思ひなげきて、心ゆかぬやうになむ聞き給ふる」。「あはれのことや。よろしく聞えし人ぞかし。誠によしや」とのたまへば、「けしうは侍らざるべし。もてはなれてうとうとしう侍れば、世のたとひにてむつれ侍らず」と申す。さて五六日ありて、この子率て參れり。こまやかにをかしとはなけれど、なまめきたるさましてあて人と見えたり。召し入れていと懷かしく語らひ給ふ。童心地に、いとめでたく嬉しと思ふ。妹の君のことも委しく問ひ聞き給ふ。さるべきことはいらへ聞えなどして、耻しげにしづまりたればうち出でにくし。されどいとよく言ひしらせ給ふ。かゝることこそはとほの心うるも思ひの外なれど、をさな心地に深くしもたどらず御文をもてきたれば、女淺ましきに淚も出で來ぬ。この子の思ふらむこともはしたなくて、さすがに御文をおもがくしにひろげたり。いとおほくて、

 「見し夢をあふ夜ありやと歎くまにめさへあはでぞころも經にける。ぬる夜なければ」など、目も及ばぬ御書きざまに、目もきりて、こゝろえぬ宿世うちそへりける身をおもひつゞけて臥し給へり。またの日小君召したれば參るとて御かへり乞ふ。「かゝる御文見るべき人もなしと聞えよ」とのたまへば、うちゑみて、「違ふべくものたまはざりしものをいかゞはさは申さむ」といふに心やましく、殘なくのたまひ知らせてけりと思ふにつらき事かぎりなし。「いでおよすげたる事は言はぬぞよき。よしさはな參り給ひそ」とむつがられて「召すに