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奉りて皆着きわたり給ふ。殿上人なども殘なく參る。多くはおとゞの御いきほひにもてなされ給ひてやんごとなくいつくしき御有樣なり。春のうへの御心ざしに、佛に花奉らせ給ふ。鳥蝶にさうぞきわけたるわらはべ八人かたちなど殊に整へさせ給ひて、鳥にはしろかねの花甁に櫻をさし、蝶はこがねの甁に山吹を同じき花の房もいかめしう、世になきにほひを盡させ給へり。南のおまへの山ぎはより漕ぎ出でゝおまへに出づるほど風吹きて甁の櫻少しうち散りまがふ。いとうらゝかに晴れて、霞の間より立ち出でたるはいとあはれになまめきて見ゆ。わざとひらばりなどもうつされず、おまへに渡れる廊をがく屋のさまにしてかりにあぐらどもをめしたり。わらはべども御階のもとに寄りて花ども奉る。ぎやうがうの人々とりつぎてあかに加へさせ給ふ。御せうそこ殿の中將の君して聞え給へり。

 「花ぞのゝこてふをさへやした草に秋まつむしはうとく見るらむ」。宮、かの紅葉の御かへりなりけりとほゝゑみて御覽ず。昨日の女房達も「げに春の色はえおとさせ給ふまじかりけり」と花にをれつゝ聞えあへり。鶯のうらゝかなる音に鳥のがくはなやかに聞きわたされて池の水鳥もそこはかとなく囀りわたるに、急になりはつるほど飽かずおもしろし。蝶はましてはかなきさまに飛び立ちて、山吹のませのもとに咲きこぼれたる花の影に舞ひ出づる。宮のすけをはじめてさるべきうへ人ども祿とりつゞきてわらはべにたぶ。鳥には櫻の細長、蝶には山吹襲たまはる。かねてしも取りあへたるやうなり。ものゝ師どもには白きひとかさね腰差などつぎつぎに賜ふ。中將の君には藤のほそなが添へて、女のさうぞくかづけ給ふ。