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給へるおほ殿なれど、心をつくるよすがのまたなきを飽かぬことにおぼす人々もありけるに、西の對の姬君こともなき御有樣、おとゞの君もわざとおぼしあがめ聞え給ふ御氣色など皆世に聞え出でゝおぼしゝもしるく、心なびかし給ふ人多かるべし。我が身さばかりと思ひあがり給ふきはの人こそたよりにつけつゝけしきばみ言に出で聞え給ふもありけれ。えしもうち出でぬ中の思ひにもえぬべきわかきんだちなどもあるべし。そのうちにことのこゝろを知らで內のおほいとのゝ中將などはすぎぬべかめり。兵部卿の宮はた年頃おはしける北の方もうせ給ひてこのみとせばかり獨住みにてわび給へば、うけばりて今は氣色ばみ給ふ。今朝もいといたうそらみだれして藤の花をかざしてなよびさうどき給へる御さまいとをかし。おとゞもおぼしゝさまかなふとしたにはおぼせど、せめてしらず顏をつくり給ふ。御かはらけのついでにいみじうもて惱み給うて、「思ふ心侍らずは罷り逃げなまし。いと堪へがたしや」とすまひ給ふ。

 「むらさきのゆゑに心をしめたれば淵に身なげむ名やはをしけき」とておとゞの君に「おなじかざしを」とて奉れ給ふ。いといたうほゝゑみたまひて、

 「淵に身を投げつべしやとこの春は花のあたりを立ちさらで見よ」とせちにとゞめ給へば、え立ちあがれ給はで今朝の御あそびましていとおもしろし。今日は中宮のみど經のはじめなりけり。やがてまかで給はでやすみ所とりつゝ日の御よそひにかへ給ふ人々も多かり。さはりあるはまかでなどもし給ふ。午の時ばかりに皆あなたに參り給ふ。おとゞの君を初め