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聞き給ひつ。「廂にぞ大殿籠りぬる。音に聞きつる御有樣を見奉りつる、實にこそめでたかりけれ」とみそかにいふ。「晝ならましかばのぞきて見奉りてまし」とねぶたげにいひて顏ひき入れつるこゑす。ねたう、心留めても問ひ聞けかしとあぢきなうおぼす。「まろは端に寢侍らむ。あなくらし」とて火かゝげなどすべし。をんな君は、唯このさうじ口すぢかひたる程にぞ臥したるべき。「中將の君はいづくにぞ。人げ遠き心地して物恐し」といふなれば長押のしもに人々臥していらへすなり。「しもに湯におりて只今參らむと侍り」といふ。皆靜まりぬるけはひなればかけがねを試に引きあけ給へればあなたよりはさゝざりけり。几帳をさうじぐちに立てゝ火はほのぐらきに見給へば、唐櫃だつ物どもを置きたれば、亂りがはしき中を分け入り給ひてけはひしつる處に入り給へれば、唯一人いとさゝやかにて臥したり。なま煩はしけれど上なるきぬを押しやるまで覓めつる人と思へり。「中將めしつればなむ、人知れぬ思ひのしるしある心地して」とのたまふを、ともかくも思ひわかれす、物におそはるゝ心地して「や」とおびゆれど、顏にきぬのさはりておとにも立てず、「うちつけに深からぬ心の程と見給ふらむ、ことわりなれど、年比思ひわたる心のうちも聞え知らせむとてなむかゝる折を待ち出でたるも、更に淺くはあらじと思ひなし給へ」といとやはらかにのたまひて鬼神も荒立つまじき御けはひなれば、はしたなく「此處に人」ともえのゝしらず、心ちはたわびしく、あるまじき事と思へば、「あさましく、人たがへにこそ侍るめれ」といふも息のしたなり。消え惑へるけしきいと心苦しくらうたげなればをかしと見給ひて、「違ふべくもあ