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をのみ恨み聞え給ふ。宮はいといとほしとおぼす中にも、をとこ君の御かなしさはすぐれ給ふにやあらむ、かゝる心のありけるもうつくしう思さるゝに、なさけなくこよなき事のやうにおぼしのたまへるを、などかさしもあるべき、もとよりいたう思ひつき給ふことなくて、かくまでかしづかむともおぼしたゝざりしをわがかくもてなしそめたればこそ春宮の御事をもおぼしかけためれ、とりはづしてたゞ人の宿世あらば、この君より外に優るべき人やは、かたち有樣よりはじめて、等しき人あるべきかは、これよりおよびなからむきはにもとこそ思へと我志のまさればにや、おとゞをうらめしう思ひ聞え給ふ御心の中を見せ奉りたらばましていかに恨み聞え給はむ。かくさわがるらむとも知らでくわざの君參り給へり。一夜も人目しげうて思ふことをもえ聞えずなりにしかば常よりも哀に覺え給ひければ夕つ方おはしたるなるべし。宮例はいひ知らずうちゑみて待ち喜び給ふを、まめだちて物語など聞え給ふついでに「御ことにより內のおとゞのゑんじて物し給ひにしかばいとなむいとほしき。ゆかしげなきことをしも思ひそめ給ひて人に物思はせ給ひつべきが心苦しきことかうも聞えじと思へどさる心も知り給はでやと思へばなむ」と聞え給へば心にかゝれることのすぢなればふと思ひよりぬ。おもて赤みて「何事にか侍らむ。靜なる所に籠り侍りにし後ともかくも人にまじる折なければ怨み給ふべきこと侍らじとなむ思う給ふる」とていと耻かしと思へる氣色を哀に心ぐるしうて「よし今よりだに用意し給へ」とばかりにて異事にいひなし給ひつ。いとゞ文なども通はむことの難きなめりと思ふにいと嘆かし。物まゐりなどし給へど更