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らふ。「あなかま」とて脇息に寄りおはす。いと安らかなる御ふるまひなりや、暗くなるほどに「今宵中神うちよりはふたがりて侍りけり」と聞ゆ。「さかし、例も忌み給ふ方なりけり。二條院にも同じすぢにていづくにか違へむ。いと惱ましきに」とて大殿籠れり。「いと惡しきことなり」とこれかれ聞ゆ。「紀の守にて親しく仕うまつる人の、中河のわたりなる家なむ、この頃水せき入れて凉しきかげに侍る」と聞ゆ。「いとよかなり、なやましきに。牛ながら牽き入れつべからむ所を」とのたまふ。忍び忍びの御方違所はあまたありぬべけれど久しく程經て渡り給へるに方ふたげてひき違へ外ざまへと覺さむはいとほしきなるべし。紀の守に仰言給へばうけ給はりながらしぞきて「伊豫の守の朝臣の家に愼む事侍りて女房なむ罷りうつれる頃にてせばき所に侍ればなめげなることや侍らむ」としたに歎くを聞き給ひて「その人近からむなむうれしかるべき。女遠き旅寢は物恐しき心ちすべきを唯その几帳のうしろに」とのたまへば、「實によろしきおまし所にも」とて人走らせやる。いと忍びて殊更にことごとしからぬ所をと急ぎ出で給へばおとゞにも聞え給はず、御供にもむつましき限しておはしましぬ。守俄にと侘ぶれど人も聞き入れず。寢殿のひんがしおもてはらひあけさせて假初の御しつらひしたり。水の心ばへなどさる方にをかしくしなしたり。田舍家だつ柴垣して前栽など心留めて植ゑたり。風凉しくてそこはかとなき蟲の聲々聞え螢繁く飛びまがひてをかしき程なり。人々寢殿より出でたる泉にのぞき居て酒飯む。あるじも肴もとむとこゆるぎのいそぎありくほど、君はのどやかに詠め給ひて、かの中の品に取り出でゝいひしこのなみな