Page:Kokubun taikan 01.pdf/394

このページは校正済みです

はひのかく引きかへ勝れ給へりけるを世の人驚き聞ゆ。おとゞ太政大臣にあがり給ひて大將內大臣になり給ひぬ。世の中の事どもまつりごち給ふべく讓り聞え給ふ。人がらいとすくよかにきらきらしくて心もちゐなども畏く物し給ふ。學問を立てゝし給ひければ、韻ふたぎには負け給ひしかど、公事にかしこくなむ。腹々に御子ども十餘人おとなびつゝ物し給ふも次々になり出でつゝ、劣らず榮えたる御家のうちなり。むすめは女御と今一所となむおはしける。わかんどほり腹にてあてなるすぢは劣るまじけれどその母君あぜちの大納言の北の方になりてさし向ひたる子どもの數多くなりてそれに任せて後の親に讓らむ、いとあいなしとてとり放ち聞え給ひて大宮にぞ預け聞え給へりける。女御にはいとこよなく思ひおとし聞え給へれど人がらかたちなどいと美しうぞおはしたる。くわざの君一つにて生ひ出で給ひしかど各十に餘り給ひて後は、御方ことにて睦ましき人なれど、をのこ子にはうちとくまじきものなりと父おとゞ聞え給ひて、けどほくなりにたるを、幼心地に思ふ事なきにしあらねばはかなき花紅葉につけても、ひゝな遊のつゐせうをもねんごろにまつはれありきて、志を見え聞へ給へばいみじう思ひかはしてけざやかには今も耻ぢ聞え給はず。御後見どもゝ何かは若き御心どちなれば年頃見ならひ給へる御あはひを俄にもいかゞはもてはなれはしたなめ聞えむと見るに、をんな君こそ何心なくをさなくおはすれどをとこはさこそ物げなき程と見聞ゆれ。おほけなくいかなる御なからひにかありけむ、よそよそになりてはこれをぞ靜心なく思ふべき。まだ片おひなる手のおひさき美しきにて書きかはし給へる文ども