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くは」との給ふに、驚きていみじく口惜しく胸のおき所なくさわげば、おさへて淚も流れ出でにけり。今もいみじくぬらしそへ給ふ。をんな君、いかなることにかとおぼすに、うちもみじろかで臥し給へり。

「とけて寢ぬねざめさびしき冬の夜にむすぼゝれつる夢のみじかさ」なかなか飽かず悲しとおほすに、疾く起き給ひてさとはなくて所々に御ず經などせさせ給ふ。苦しきめ見せ給ふと恨み給へるもさぞおぼさるらむかし。おこなひをし給ひ萬に罪かろげなりし御有樣ながらこのひとつことにてこの世の濁をすゝぎ給はざらむと、物の心を深くおぼしたどるに、いみじく悲しければ何わざをしてしるべなき世界におはすらむをとぶらひ聞えにまうでゝ罪にもかはり聞えばやなどつくづくとおぼす。かの御ためにとり立てゝ何わざをもし給はむは人とがめ聞えつべし。內にも御心のおにゝ、思す所やあらむとおぼしつゝむほどに、阿彌陀ほとけを心にかけて念じ奉り給ふ。「おなじはちすにとこそは、

 なき人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ水の瀨にやまどはむ」とおぼすぞうかりけるとや。


少女

年かはりて宮の御はても過ぎぬれば、世の中色あらたまりてころもがへのほどなども今め