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へば「さかし。なまめかしうかたちよき女のためしには猶引き出づべき人ぞかし。さも思ふにいとほしく悔しきことの多かるかな。まいてうちあたけすぎたる人の年積り行くまゝにいかに悔しきこと多からむ。人よりはこよなきしづけさと思ひしだに」などのたまひ出でゝ、かんの君の御ことにも淚少しはおとし給ひつ。「この數にもあらずおとしめ給ふ山里の人こそは身のほどにはやゝうちすぎ物の心などえつべけれど人より異なるべきものなれば思ひあがれるさまをも見けちて侍るかな。いふかひなききはの人はまだ見ず。人は勝れたるは難き世なりや。東の院にながむる人の心ばへこそふりがたくらうたけれ。さはた更にえあらぬものをさる方につけての心ばせ人にとりつゝ見そめしより同じやうに世をつゝましげに思ひて過ぎぬるよ。今はたかたみに背くべくもあらず。深う哀と思ひ侍る」など昔今の御物語に夜ふけゆく。月いよいよすみて靜におもしろし。女君

 「氷とぢいしまの水はゆきなやみそらすむ月のがけぞながるゝ」。とを見出して少し傾き給へるほど似る物なく美しげなり。かんざしおもやうの戀ひ聞ゆる人の面かげにふとおぼえてめでたければいさゝかわくる御心もとりかへしつべし。鴛鴦のうち鳴きたるに、

 「かきつめてむかし戀しき雪もよに哀をそふるをしのうきねか」。入り給ひても宮の御車を思ひつゝ大殿籠れるに夢ともなくほのかに見奉るをいみじく恨み給へる御氣色にて、もらさじとのたまひしかどうき名のかくれなかりければ耻しう苦しきめを見るにつけてもつらくなむ」との給ふ。御いらへ聞ゆとおぼすにおそはるゝ心地してをんな君の「こはなどか