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ぼしたるさまも繪に書かまほしき御あはひなり。「宮うせ給ひて後上のいとさうざうしげにのみ世をおぼしたるも心苦しう見奉る。おほきおとゞも物し給はで、見ゆづる人なき事しげさになむ。この程の絕間などを見習はぬことにおぼすらむもことわりに哀なれど、今はさりとも心のどかにおぼせ。おとなび給ひためれどまだいと思ひやりもなく人の心も見知らぬさまに物し給ふこそらうたけれ」などまろかれたる御ひたひ髮ひきつくろひ給へどいよいよ背きて物もに聞え給はず。「いといたく若び給へるはたがならはし聞えたるぞ」とて常なき世にかくまで心おかるゞも味氣なのわざやとかつはうちながめ給ふ。「齋院にはかなしごと聞ゆるや。もし思し僻むるかたある、それはいともてはなれたることぞよ。おのづがら見給ひてむ。昔よりこよなうけどほき御心ばへなるをさうざうしき折々たゞならで聞えなやますに、彼處も徒然に物し給ふ所なればたまさかの御いらへなどし給へどまめまめしきさまにもあらぬをかくなむあるとしもうれへ聞ゆべき事にやは。後めたうはあらじとを思ひなほし給へ」など日一日慰め聞え給ふ。雪の痛う降り積りたる上に今も散りつゝ松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に人の御かたちも光まさりて見ゆ。「時々につけても人の心をうつすめる花紅葉のさかりよりも冬の夜のすめる月に雪の光りあひたる空こそ怪しう色なきものゝ身にしみてこの世の外の事まで思ひ流され面白さも哀さも殘らぬをりなれ。すさまじきためしに言ひ置きけむ人の心あさゝよ」とてみす卷きあげさせ給ふ。月は隈なくさし出でゝひとつ色に見え渡されたるにしをれたる前栽のかげ心苦しう遣水もいと痛うむせびて池