Page:Kokubun taikan 01.pdf/38

このページは校正済みです

を聞きすぐさむもいとほし。暫し立ち休らふべきにはた侍らねば、實にそのにほひさへ華やかに立ち添へるもすべなくて、にげめをつかひて

  さゝがにのふるまひしるき夕暮にひるますぐせといふがあやなさ、いかなることつけぞやと、いひも果てず走り出で侍りぬるに、追ひて

  逢ふことの夜をし隔てぬ中ならば、ひる間もなにかまばゆからまし、さすがに口疾くなどは侍りき」としづしづと申せば、君だちあさましと思ひて「そらごと」とて笑ひ給ふ。「いづこのさる女かあるべき。おいらかに鬼とこそ向ひ居たらめ。むくつけき事」とつまはじきをして「言はむ方なし」と式部をあばめにくみて、「少しよろしからむ事を申せ」と責め給へど、「これより珍しき事は候ひなむや」とてをりぬ。「すべて男も女もわるものは僅に知れる方の事を殘なく見せ盡さむと思へるこそいとほしけれ。三史五經の道々しき方を、明かに曉りあかさむこそ愛敬なからめ。などかは女といはむからに、世にある事の公私につけてむげに知らず至らずしもあらむ。わざと習ひまなばねども少しもかどあらむ人の耳にも目にもとまる事じねんに多かるべし。さるまゝにはまんなを走り書きて、さるまじきどちのをんなぶみに半過ぎて書きすくめたる、あなうたてこの人のたをやかならましかばと見ゆかし。心地にはさしも思はざらめど、おのづからこはこはしき聲に讀みなされなどしつゝ殊さらびたり。これは上臈の中にも多かることぞかし。歌詠むと思へる人の、やがて歌にまつはれをかしきふる事をも始よりとりこみつゝ、すさまじき折々よみかけたるこそ物しきことなれ。返しせ