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 「秋はてゝ露のまがきにむすぼゝれあるかなきかにうつるあさがほ。似つかはしき卸よそへにつけても露けく」とのみあるは何のをかしきふしもなきをいかなるにかおき難く御覽ずめり。靑にびの紙のなよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。人の御ほど書きざまなどにつくろはれつゝ、その折は罪なきこともつきづきしうまねびなすにはほゝゆがむこともあめればこそ、さかしらに書き紛はしつゝ覺束なき事も多かりけり。立ちかへも今さらにわかわかしき御ふみがきなども似げなき事とおぼせど猶かく昔よりもてはなれぬ御氣色ながら、口をしくて過ぎぬるを思ひつゝえやむまじく思さるればさらがへりてまめやかに聞え給ふ。ひんがしの對にはなれおはして宣旨を迎へつゝ語らひ給ふ。さぶらふ人々のさしもあらぬきはの事をだに靡きやすなるなどは過ちもしつべくめで聞ゆれど宮はそのかみだにこよなく覺し離れたりしを今はまして誰も思ひなかるべき御齡覺えにてはかなき木草につけたる御かへりなどの折過ぐさぬもかるがるしくやとりなさるらむなど人の物いひを憚り給ひつゝうちとけ給ふべき御氣色もなければ、ふりがたく同じさまなる御心ばへを世の人にかはり珍しくもねたくも思ひ聞え給ふ。世の中に漏り聞えて、前齋院にねんごろに聞え給へばなむ女五の宮などによろしく思したなり。「似げなからぬ御あはひならぬ」などいひけるを、對の上は傳へ聞き給ひてしばしはさりともさやうならむこともあらば隔てゝはおぼしたらじとおぼしけれどうちつけに目留め聞え給ふに、御氣色なども例ならずあくがれたるも心うくまめまめしくおぼしなるらむことを、つれなく戯れにいひなし給ひけむ