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地なむ」とても又ない給ふ「三の宮うらやましくさるべき御ゆかりそひて親しく見奉り給ふを羨み侍る。このうせ給ひぬるも、さやうにこそ悔い給ふ折々ありしか」とのたまふにぞ、少し耳とまり給ふ。「さも侍ひなれなましかば今に思ふさまに侍らまし。指さし放たせ給ひて」とうらめしげに氣色ばみ聞え給ふ。あなたの御まへを見遣り給へればかれがれなる前栽の心ばへも殊に見渡されて、のどやかに眺め給ふらむ御有樣かたちもいとゆかしく哀にてえ念じ給はで「かくさぶらひたるついでを過ぐし侍らむは志なきやうなるをあなたの御とぶらひ聞ゆべかりけり」とてやがて簀子より渡り給ふ。暗うなりたる程なれど、にび色のみすに黑き御几帳の透影あはれに、追風なまめかしく吹きとほし、けはひあらまほし。簀子はかたはらいたければ南の廂に入れ奉る。宣旨たいめんして御せうそこきこゆ。「今さらにわかわかしき心地する御簾の前かな。神さびにける年月のらう數へられ侍るに今は內外も許させ給ひてむとぞ賴み侍りける」とて飽かずおぼしたり。ありし世は皆夢になして今なむさめてはかなきにやと思ひ給へ定め難く侍るにらうなどはしづかにや定め聞えさすべう侍らむ」と聞え出し給へり。げにこそ定め難き世なれと、はかなき事につけてもおぼしつゞけらる。

 「人知れず神のゆるしを待ちしまにこゝらつれなき世をすぐすかな。人は何のいさめにかこたせ給はむとすらむ。なべて世に煩はしきことさへ侍りし後樣々に思ひ給へあつめしかな。いかで片端をだに」とあながちに聞え給ふ。御用意なども昔よりも今少しなまめかしきけさへそひ給ひにけり。さるはいといたう過ぐし給へど御位の程にはあはざめり。