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道謠ふを聞けとなむ聞えごち侍りしかど、をさをさうちとけてもまからず、かの親の心を憚りてさすがにかゝづらひ侍りし程に、いと哀に思ひ後み寢覺のかたらひにも、身の才つきおほやけに仕うまつるべき道々しき事を敎へていと淸げにせうそこ文にもかんなといふものを書きまぜずむべむべしく言ひまはし侍るに、おのづからえ罷り絕えでその者を師としてなむわづかなる腰折文作る事など習ひ侍りしかば今にその恩は忘れ侍らねど、懷しきさいしとうち賴まむに無才の人なまわろならむふるまひなど見えむに耻しくなむ見え侍りし。まいて君だちの御爲にはさしもはかばかしくしたゝかなる御後見は、何にかせさせ給はむ。はかなし口惜しとかつ見つゝも唯我が心につき宿世のひく方侍るめればをのこしもなむ仔細なきものは侍るめる」と申せば殘をいはせむとて「さてさてをかしかりける女かな」とすかい給ふを、心はえながら鼻のわたりをごめきて語りなす。「さていと久しく罷らざりしに物のたよりに立ち寄りて侍れば、常のうちとけ居たる方には侍らで心やましき物越にてなむ逢ひて侍りし。ふすぶるにやとをこがましくも又よきふしなりとも思ひ給ふるに、このさかし人はた輕々しき物怨じすべきにもあらず。世のだうりを思ひとりて恨みざりけり。聲もはやりかにていふやう、月比ふ病重きにたへかねて極ねちの草藥をぶくしていとくさきによりなむえたいめん給はらぬ、まのあたりならずともさるべからむ雜事等はうけ給はらむといと哀にむべむべしく言ひ侍り。いらへに何とかは言はれ侍らむ、唯うけ給はりぬとて立ち出で侍るに、さうざうしくや覺えけむ、この香失せなむ時に立ちより給へと高やかにいふ