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ふ。

齋宮の女御はおぼしゝもしるき御後見にてやんごとなき御おぼえなり。御用意有樣なども思ふさまにあらまほしう見え給へれば辱なきものにもてかしづき聞え給へり。秋のころ二條院にまかで給へり。寢殿の御しつらひいとゞかゞやくばかりし給ひて、今はむげの親ざまにもてなしてあつかひ聞え給ふ。秋の雨いと靜に降りて、おまへの前栽のいろいろ亂れたる露のしげさに古への事どもかき續けおぼし出でられて御袖もぬれつゝ女御の御方にあたり給へり。こまやかなるにび色の御直衣姿にて世の中の騷しきなどことつけ給ひて、やがて御精進なればずゞひきかくして御さまよくもてなし給へる、つきせずなまめかしき御有樣にてみすの內に入り給ひぬ。御几帳ばかりを隔てゝみづから聞え給ふ。「前栽どもこそ殘りなくひもとき侍りにけれ。いと物すさまじき年なるを心やりて時知り顏なるも哀にこそ」とて柱により居給へる夕ばえいとめでたし。昔の御事どもかの野の宮にたち煩ひし曙などを聞え出で給ふ。いと物哀とおぼしたり。宮もかくればとにや少しなき給ふけはひいとらうたげにて、うちみじろき給ふ程もあさましくやはらかになまめきておはすべかめる。見奉らぬこそ口惜しけれと胸うちつぶるゝぞうたてあるや。「過ぎにし方殊に思ひ惱むべき事もなくて侍りぬべかりし世の中にも、猶心からすきずきしき事につけて物思ひの絕えずも侍りけるかな。さるまじき事どもの心苦しきがあまた侍りし中に、遂に心もとけずむすぼゝれて止みぬる事二つなむ侍る。まづ一つは、このすぎ給ひにし御事よ。あさましうのみ思ひつめてやみ給ひにしが、長き世の憂はしき節と思ひ給へられしをかうまでも仕う奉り御覽ぜら