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ても過ぐさまほしくなむ」と語らひ聞え給ふ。「いとあるまじき御事なり。世の靜ならぬ事は必ず政の直くゆがめるにもより侍らず。さかしき世にしもなむ善からぬ事どもゝ侍りける。聖の帝の世にも橫ざまの亂れ出で來ること唐土にも侍りける。我が國にもさなむ侍る。ましてことわりの齡どもの、時至りぬるを思し歎くべき事にも侍らず」などすべて多くのことゞもを聞え給ふ。片端まねぶもいと傍いたしや。常よりも黑き御よそひにやつしたまへる御かたち違ふ所なし。上も年頃御鏡にもおぼしよる事なれど聞し召しゝことの後は又こまかに見奉り給ひつゝ殊にいとゞ哀に思しめさるれば、いかでこの事をかすめ聞えばやと思せどさすがにはしたなくも思しぬべき事なれば、若き御心地につゝましくふともえうち出で聞え給はぬ程は唯大方の事どもを常より殊に懷しう聞えさせ給ひ、うちかしこまり給へる樣にていと御氣色ことなるを、かしこき人の御目には怪しと見奉り給へど、いとかくさたさたと聞しめしたらむとはおぼさゞりけり。上は王命婦に委しき事問はまほしう思しめせど今更にしか忍び給ひけむ事知りにけりとかの人にも思はれじ。唯おとゞにいかでほのめかし問ひ聞えてさきざきかゝる事の例はありけむやと聞かむとぞおぼせど更に序もなければいよいよ御學問をせさせ給ひつゝさまざま文どもを御覽ずるに唐土には顯はれても忍びても亂りがはしき事いと多かりけり。日の本には更に御覽じ得る所なし。たとひあらむにてもかやうに忍びたらむ事をばいかでか傳へ知るやうのあらむとする。一世の源氏又納言大臣になりて後に更にみこにもなり位にもつき給へるもあまたの例ありけり。人がらのかしこき