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づるを召しとゞめて「心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを今まで忍びこめられたりけるをなむ、却りて後めたき心なりと思ひぬる。又この事を知りて漏し傳ふる類ひやあらむ」とのたまはす。「更になにがしと王命婦とより外の人この事の氣色見たる侍らず、さるによりなむいと恐しう侍る、天變頻にさとし世の中靜ならぬはこのけなり。いときなく物の心しろしめすまじかりつる程こそ侍りつれ。やうやう御齡足りおはしまして何事も辨へさせ給ふべき時に至りてとがをもしめすなり。よろづの事親の御世より始まるにこそ侍るなれ。何の罪ともしろしめさぬが恐しきにより、思ひ給へ消ちてしことを更に心より出し侍りぬること」となくなく聞ゆるほどに明けはてぬればまかでぬ。上は夢のやうにいみじき事を聞し召していろいろにおぼし亂れさせ給ふ。故院の御ためもうしろめたく、おとゞのかくたゞ人にて世に仕へ給ふも哀にかたじけなかりける事、かたがた覺し惱みて日たくるまで出でさせ給はねばかくなむと聞き給ひておとゞも驚きて參り給へるを御覽ずるにつけてもいとゞ忍び難く思しめされて御淚のこぼれさせ給ひぬるを、大方故宮の御事をひるよなく思しめしたる頃なればなめりと見奉り給ふ。その日式部卿の御子うせ給ひぬるよし奏するに、いよいよ世の中の騷しきことを歎きおぼしたり。かゝる頃なればおとゞは里にもえまかで給はでつと侍ひ給ふ。しめやかなる御物語のついでに「世はつきぬるにやあらむ、物心ぼそく例ならぬ心地のみするを、天の下もかく長閑ならぬに萬あわたゞしくなむ。故宮のおぼさむ所によりてこそよのなかのことも思ひ憚りつれ。今は心安きさまに