Page:Kokubun taikan 01.pdf/365

このページは校正済みです

てかへりては罪にもや罷りあたらむと思ひ給へ憚る事多かれど、しろしめされぬに罪重くて天のまなこ恐しく思う給へらるゝことを心にむせび侍りつゝ命終り侍りなば何のやくかは侍らむ。佛も心ぎたなしとや思しめさむ」とばかり奏しさしてえうち出でぬことあり。うへ何事ならむ、この世に怨殘るべく思ふことやあらむ、法師は聖といへどもあるまじき橫さまのそねみ深くうたてあなるものをとおぼして「いはけなかりし時より隔て思ふことなきを、そこにはかく忍び殘されたる事ありけるをなむつらく思ひぬる」とのたまはすれば「あなかしこ、更に佛のいさめ守り給ふ眞言の深き道をだに隱し留むることなく廣め仕うまつり侍り。まして心にくまあること何事にか侍らむ。これはきし方行くさきの大事と侍ることを、過ぎおはしましにし院きさいの宮、只今世をまつりごち給ふおとゞの御ためすべてかへりて善からぬ事にやもり出で侍らむ。かゝるおい法師の身にはたとひ憂へ侍りとも何の悔か侍らむ。佛天の吿げあるによりて奏し侍るなり。我が君はらまれおはしましたりし時より故宮の深く思し歎く事ありて御祈仕うまつらせ給ふ故なむ侍りし。委しく法師の心にえ悟り侍らず。事の違ひめありておとゞ橫さまの罪にあたり給ひし時、いよいよおぢ思しめして重ねて御祈ども承り侍りしをおとゞも聞しめしてなむ又更に事加へ仰せられて御位に即きおはしましゝまで仕うまつる事ども侍りし。その承りしさま」とて委しく奏するを聞し召すに、あさましう珍らかにて恐しうも悲しうもさまざまに御心亂れけり。とばかり御いらへもなければ僧都進み奏しつるをびんなく思しめすにやとわづらはしう思ひてやをら畏まりてまか