Page:Kokubun taikan 01.pdf/363

このページは校正済みです

さるべき人々に問ひ聞き給へば親しきかぎり侍ひてこまかに聞ゆ。月頃惱ませ給へる御心ちに御おこなひを時のまもたゆませ給はずせさせ給ふつもりのいとゞいたうくづほれさせ給へるにこの頃となりては柑子などをだに觸れさせ給はずなりにたれば賴み所なくならせ給ひにたる事と歎く人々おほかり。「院の御遺言にかなひて、內の御後見仕うまつり給ふ事年頃思ひ知り侍る事多かれど、何につけてかはその心よせ殊なるさまをも漏し聞えむとのみ、長閑に思ひ侍りけるを、今なむ哀に口惜しく」とほのかにのたまはするもほのぼの聞ゆるに御いらへも聞えやり給はず泣き給ふさまいといみじなどかうしも心弱きさまにと人めをおぼしかへせど古へよりの御有樣を大方の世につけてもあたらしく惜しき人のさまを心にかなふわざならねばかけとゞめ聞えむ方なくいふかひなくおぼさるゝ事限なし。「はかばかしからぬ身ながらも、昔より御後見仕うまつるべきことを心の至るかぎりはおろかならず思ひ給ふるにおほきおとゞのかくれ給ひぬるをだに世の中心あわたゞしく思ひ給へらるゝに又かくおはしませばよろづに心亂れ侍りて世に侍らむことも殘なき心地なむし侍る」と聞え給ふ程に燈火などの消え入るやうにてはて給ひぬればいふかひなく悲しき事をおぼしなげく。かしこき御身の程と聞ゆる中にも御心ばへなどの世のためにも普く哀におはしまして、がうけにことよせて人の愁とあることなどもおのづからうちまじるを聊もさやうなる事のみだれなく、人の仕うまつることをも世のくるしびとあるべき事をばとゞめ給ふ。功德の方とてもすゝむるにより給ひて、いかめしう珍しうし給ふ人など昔のさかしき世