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うおぼし歎きたる御氣色なれば宮もいと悲しく思しめさる。「今年は必ず遁るまじき年と思う給へつれどおどろおどろしき心地にも侍らざりつれば、命の限りしり顏に侍らむも人やうたてことごとしう思はむと憚りてなむ功德の事などもわざと例よりも取り別きてしも侍らずなりにける。參りて心のどかに昔の御物語もなど思ひ給へながら、うつしざまなる折少なく侍りて口惜しういぶせくて過ぎ侍りぬること」といと弱げに聞え給ふ。三十七にぞおはしましける。されどいと若く盛におはしますさまを惜しく悲しと見奉らせ給ふ。愼ませ給ふべき御年なるに、はればれしからで月頃過ぎさせ給ふことだに歎きわたり侍りつるに、御つゝしみなどをも、常よりも異にせさせ給はざりけることゝいみじうおぼしめしたり。たゞこの頃ぞおどろきてよろづの事せさせ給ふ。月頃は常の御惱とのみうちたゆみたりつるを、源氏のおとゞも深くおぼし入りたり。限あれば程なく還らせ給ふも悲しきことおほかり。宮いと苦しうてはかばかしう物も聞えさせ給はず。御心の中におぼしつゞくるに高き宿世世のさかえも並ぶ人なく心の中にあかず思ふことも人にまさりける身とおぼし知らる。上の夢の中にもかゝる事の心を知らせ給はぬをさすがに心苦しう見奉らせ給ひてこれのみぞ後めたくむすぼゝれたることにおぼし置かるべき心地し給ひける。大臣はおほやけがたざまにてもかくやんごとなき人のかぎりうち續き失せ給ひなむことを人知れずおぼし歎く。人知れぬ哀はた限りなくて御いのりなどおぼしよらぬことなし。年頃思し絕えたりつるすぢさへ今一度聞えずなりぬるがいみじくおぼさるれば近き御几帳のもとによりて御有樣なども