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き所にてだに、かばかりもうち解け給ふことなくけだかき御もてなしを聞き置きたれば近き程にまじらひてはなかなかいとめなれて人あなづられなる事どもぞあらまし、たまさかにてかやうにふりはへ給へるこそたけき心地すれと思ふべし。明石にもさこそいひしか。この御心おきてありさまをゆかしがりておぼつかなからず人は通はしつゝ胸つぶるゝこともあり又おもだゝしく嬉しと思ふことも多くなむありける。

その比おほきおとゞうせ給ひぬ。世のおもしとおはしつる人なればおほやけにもおぼし歎く。暫し籠り給へりしほどをだに天の下のさわぎなりしかばまして悲しと思ふ人多かり。源氏のおとゞもいと口惜しう萬の事おし讓りきこえてこそ暇もありつるを心細く事繁くもおぼされて歎きおはす。帝は御年よりはこよなうおとなおとなしうねびさせ給ひて世のまつりごとも後めたく思ひ聞え給ふべきにはあらねども又とりたてゝ御後見し給ふべき人もなきを誰に讓りてかは靜なる御ほいもかなはむとおぼすにいと飽かず口をし。後の御わざなどにも御子どもうまごに過ぎてなむこまやかにとぶらひ扱ひ聞え給ひける。その年大方世の中さわがしくておほやけざまに物のさとし繁く長閑ならで、天つ空にも例に違へる月日星の光見え、雲のたゝずまひありとのみ世の人驚く事多くて、みちみちのかんがへ文ども奉れるにも怪しう世になべてならぬ事どもまじりたり。うちのおとゞのみなむ、御心の中に煩はしく覺し知らるゝ事ありける。入道きさいの宮、春の始より惱み渡らせ給ひて三月にはいと重くならせ給ひぬれば行幸などあり。院に別れ奉らせ給ひし程はいといはけなくて物深くもおぼされざりしをいみじ