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地よげに見えたり。つぎつぎの人も心の中には思ふ事もやあらむ。うはべはほこりかに見ゆるころほひなりかし。ひんがしの院の臺の御方も有樣は好ましう、あらまほしきさまに侍ふ人々わらはべの姿などうちとけず心づかひしつゝ過ぐし給ふに、近きしるしはこよなくて長閑なる御暇のひまなどにはふとはひ渡りなどし給へどよる立ちとまりなどやうにわざとは見え給はず。唯御心ざまのおいらかにこめきて、かばかりの宿世なりける身にこそあらめと思ひなしつゝありがたきまでうしろやすく長閑に物し給へば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御有樣に劣るけぢめこよなからずもてなし給うてあなづり聞ゆべうはあらねばおなじごと人も參り仕う奉りて、べたうけいしどもゝ事怠らず、なかなか亂れたる所なくめやすき御有樣なり。山里の徒然をも絕えずおぼしやれば公私物騷しき程過ぐして渡り給ふとて常より殊にうちけさうじ給ひて櫻の御直衣にえならぬ御ぞひき重ねてたきしめさうぞき給ひてまかり申しし給ふさまくまなき夕日にいとゞしく淸らに見え給ふを、をんな君たゞならず見奉り送り聞え給ふ。姬君はいはけなく御指貫の裾にかゝりて慕ひ聞え給ふほどにとにも出で給ひぬべければ立ちとまりていと哀とおぼしたり。こしらへ置きて「あすかへりこむ」と口ずさびて出で給ふに、渡殿の口に待ちかけて中將の君して聞え給ふ。

 「船とむるをち方人のなくばこそあすかへりこむせなとまち見め」。いたうなれて聞ゆればいとにほひやかにほゝゑみて、

 「行きて見てあすもさねこむなかなかにをちかた人は心おくとも」。何事とも聞きわかで