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たして月華やかにさし出づる程に大御遊はじまりていと今めかし。ひきもの琵琶和琴ばかり笛ども上手のかぎりして折にあひたる調子吹きたつる程、川風吹き合せておもしろきに月髙くさしあがり、萬の事すめる夜のやゝふくる程に殿上人四五人ばかりつれて參れり。上に侍ひけるを「御遊ありけるついでに今日は六日の御物忌あく日にて必ず參り給ふべきをいかなれば」と仰せられければこゝにかうとまらせ給ひにけるよし聞し召して御せうそこあるなりけり。御使は藏人の辨なりけり。

 「月のすむ河のをちなる里なればかつらのかげはのどけかるらむ。うらやましう」とあり。畏まり聞えさせ給ふ。上の御遊よりも、猶所からのすごさゝへ添へたる物の音をめでゝまた醉ひ加はりぬ。こゝにはまうけの物もさぶらはざりければ大井に「わざとならぬまうけのものや」と言ひ遣したり。とりあへたるに從ひて參らせたり。絹櫃ふたかけにてあるを御使の辨はとくかへり參れば女のさうぞくかづけ給ふ。

 「久かたのひかりに近き名のみしてあさゆふきりも晴れぬ山里」。行幸まち聞え給ふ御心ばへなるべし。「中に生ひたる」とうちずんじ給ふついでに、かの淡路島をおぼし出でゝ躬恒がところからかもとおぼめきけむことなどのたまひ出でたるに、物哀なるゑひなきどもあるべし。

 「めぐりきて手にとるばかりさやけきや淡路の島のあはと見し月」。頭中將、

 「うき雲にしばしまがひし月影のすみはつるよぞのどけかるべき」。右大辨すこしおとな