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給ひければ命ながさのしるしも思ひ給へ知られぬる」とうち泣きて「あら磯かげに心苦しう思ひ聞えさせ侍りし二葉の松も今は賴もしき御おひさき」といはひ聞えさするを「淺き根ざしゆゑやいかゞとかたがた心盡され侍る」など聞ゆるけはひよしなからねば昔物語に御子の住み給ひける有樣など語らせ給ふにつくろはれたる水の音なひかごとがましう聞ゆ。

 「住み馴れし人はかへりてたどれども淸水ぞ宿のあるじがほなる」。わざとはなくていひけつさまみやびかによしと聞き給ふ。

 「いさらゐははやくのことも忘れじをもとのあるじや面がはりせる」。あはれとうち眺めて立ち給ふ。姿にほひ世に知らずとのみ思ひきこゆ。御寺に渡り給ひて月ごとの十四五日つごもりに行はるべき普賢講、阿彌陀、さかの念佛の三昧をばさるものにて又々加へ行はせ給ふべき事定め置かせ給ふ。堂のかざり佛の御具などめぐらし仰せらる。月の明きに歸り給ふ。ありし夜の事おぼし出でらるゝ折すぐさずかのきんの御ことさし出でたり。そこはかとなく物哀なるに、え忍び給はでかきならし給ふ。まだしらべも變らず彈きかへしそのをり今の心ちし給ふ。

 「契りしにかはらぬことのしらべにて絕えぬ心のほどを知りきや」。女、

 「かはらじと契りしことをたのみにて松のひゞきに音をそへしかな」と聞えかはしたるも似げなからぬこそは身に餘りたる有樣なめれ。こよなうねびまさりにけるかたちけはひえおもほしすつまじう若君はたつきもせずまもられ給ふ。いかにせまし。かくろへたるさま