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が愛敬づき匂ひたるをいみじうらうたしとおぼす。めのとの下りし程は衰へたりしかたちねびまさりて月頃の御物語など馴れ聞ゆるを哀にさるしほやの傍に過ぐしつらむことをおぼしのたまふ。「こゝにもいと里離れて渡らむことも難きを猶かのほいある所にうつろひ給へ」とのたまへど「いとうひうひしき程すぐして」と聞ゆるもことわりなり。夜一夜よろづに契り語らひ明し給ふ。繕ふべき所々のあづかり、今加へたるけいしなどに仰せらる。桂の院に渡り給ふべしとありければ近きみさうの人々參り集りたりけるも皆尋ね參りたり。前栽どもの折れふしたるなどつくろはせ給ふ。「こゝかしこのたて石どもゝ皆轉びうせたるをなさけありてしなさばをかしかりぬべき所かな。かゝる所をわざとつくろふもあいなきわざなり。さても過ぐしはてねば立つ時物うく心とまる苦しかりき」などきし方のことゞものたまひ出でゝ泣きみ笑ひみうちとけ給へるいとめでたし。尼君のぞきて見奉るに老も忘れ物思ひもはるゝ心地してうち笑みぬ。東の渡殿の下より出づる水の心ばへつくろはせ給ふとていとなまめかしき袿姿うちとけ給へるをいとめでたう嬉しと見奉るに、閼伽の具などのあるを見給ふにおぼし出でゝ「尼君はこなたにか。いとしどけなき姿なりけりや」とて御直衣召し出でゝ奉る。几帳のもとにより給ひて「罪輕くおほし立て給へる人の故は御おこなひのほど哀にこそ思ひなし聞ゆれ。いといたく思ひすまし給へりし御すみかを捨てゝうき世に歸り給へる志淺からず。又彼處にはいかにとまりて思ひおこせ給ふらむとさまざまになむ」といとなつかしうのたまふ。「捨て侍りし世を今さらに立ち歸り思ひ亂るゝを推しはからせ