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なく響きあひたり。尼君物悲しげにてよりふし給へる、起きあがりて

 「身をかへてひとりかへれる山里にきゝしに似たる松風ぞふく」。御かた、

 「故里に見し世の友をこひわびて囀ることをたれかわくらむ」。かやうに物はかなくて明し暮すに、おとゞなかなかしづ心なく思さるれば人めをもえ憚りあへ給はでわたり給ふを、をんな君にはかくなむとたしかに知らせ奉り給はざりけるを、例の聞きもやあはせ給ふとてせうそこ聞え給ふ。「桂に見るべき事恃るをいざや心にもあらで程經にけり。とぶらはむと言ひし人さへ、かのわたり近く來居て待つなれば心苦しくてなむ。嵯峨野の御堂にもかざりなき佛の御とぶらひすべければ二三日は侍りなむ」と聞え給ふ。桂の院といふ所俄に作らせ給ふと聞くはそこにすゑ給へるにやとおぼすに、心づきなければ「斧の柄さへ改め給はむ程や。待遠に」と心ゆかぬ御氣色なり。「例の比べ苦しき御心かな。いにしへの有樣名殘なしと世の人もいふなるものを」と何やかやと御心とり給ふ程に日たけぬ。忍びやかにごぜんれうときはまぜで御心づかひして渡り給ひぬ。たそがれ時に坐しつきたり。かりの御ぞにやつ給へりしだに世に知らぬ心地せしを、ましてさる御心してひきつくろひ給へる御直衣姿世になくなまめかしうまばゆき心地すれば思ひむせびつる心のやみも晴るゝやうなり。珍しう哀にて若君を見給ふもいかゞ淺くはおぼされむ。今まで隔てける年月だに淺ましく悔しきまでおぼす。おほい殿ばらの君を、美しげなりと世人もて騷ぐは猶時代によれば人の見なすなりけり。かくこそはすぐれたる人の山口はしるかりけれとうち笑みたる顏の何心なき