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亂り給ふばかりの御契こそはありけめ。天に生るゝ人のあやしき三つの途に歸るらむ、一時に思ひなずらへて今日長く別れ奉りぬ。命つきぬと聞しめすとも、後の事おぼしいとなむな、さらぬ別れに御心動し給ふなゝど、言ひ放つものから煙ともならむ夕までは若君の御事をなむ六時のつとめにも猶心ぎたなくうちまぜ侍りぬべき」とてこれにぞうちひそみぬる。御車はあまたつゞけむも所せくかたへづゝ分けむも煩はしとて、御供の人々もあながちにかくろへ忍ぶれば船にて忍びやかにと定めたり。辰の時に船出し給ふ。昔の人も哀といひける浦の朝霧隔たり行くまゝにいと物悲しくて、入道は心すみはつまじくあくがれて眺め居たり。こゝら年を經て今更に歸るも猶思ひつきせず、尼君は泣き給ふ。

 「かのきしに心よりにし海士船のそむきしかたにこぎかへるかな」。御うた、

 「いくかへり行きかふ秋をすぐしつゝうき木にのりてわれかへるらむ」。思ふ方の風にて限りける日違へず入り給ひぬ。人に見咎められじの心もあれば道の程も輕らかにしなしたり。家のさまも面白うて年頃經つる海づらに覺えたれば所かへたる心地もせず、昔のこと思ひ出でられて哀なること多かり。作りそへたるらうなど故あるさまに水の流れもをかしうしなしたり。まだこまやかなるにはあらねどすみつかばさてもありぬべし。親しきけいしに仰せ給ひて御まうけの事せさせ給ひけり。渡り給はむことはとかうおぼしたばかる程に日頃經ぬ。なかなか物思ひ續けられてすてし家居も戀しう徒然なればかの御形見のきんをかきならすをりのいみじう忍び難ければ、人離れたる方にうちとけて少し彈くに松風はした