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どなきにはあらねど、まばゆき心地なむし侍りし。唯時々うち語らふ宮仕人などの飽くまでざればみ過ぎたるは、さても見る限はをかしうもありぬべし。時々にてもさる所にて忘れぬよすがと思う給へむには、賴もしげなくさしすぐいたりと心おかれて、その夜の事にことづけてこそ罷りたえにしか。この二つの事を思う給へ合するに、若き時の心にだに猶さやうにもて出でたる事はいと怪しく賴もしげなく覺え侍りき。今より後は、ましてさのみなむ思う給へらるべき。御心のまゝに、をらば落ちぬべき萩の露、ひろはゞ消えなむと見ゆる玉ざゝの上のあられなどの艷にあえかなるすきずきしさのみこそをかしくおぼさるらめ。今さりとも、七年あまりが程におぼし知り侍りなむ。なにがしが賤しき諫にて、すきたわめらむ女には心おかせ給へ。あやまちして見む人のかたくななる名をも立てつべきものなり」と誡む。中將例のうなづく。君少しかたゑみて、「さる事とは覺すべかめり。何方につけても人わろくはしたなかりける御物語かな」とてうち笑みおはさうず。中將「なにがしはしれ者の物語をせむ」とて、「いと忍びて見そめたりし人のさても見つべかりしけはひなりしかば、ながらふべきものとしも思う給へざりしかど、馴れ行くまゝに哀とおぼえしかば、たえだえ忘れぬものに思ひ給へしを、さばかりになればうち賴めるけしきも見えき。賴むにつけては、怨めしと思ふ事もあらむと心ながら覺ゆる折々も侍りしを、見知らぬやうにて久しきとだえをもかうたまさかなる人とも思ひたらず、唯朝夕にもてつけたらむ有樣に見えて心苦しかりしかば、賴め渡る事などもありきかし。親もなくいと心細げにて、さらばこの人こそはと