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ぬ。

廿餘日の月さし出でゝこなたはまださはやかならねど大方の空をかしきほどなるにふんの司の御琴めし出でゝ、權中納言和琴たまはり給ふ。さはいへど人にはまさりてかきたて給へり。みこさうの御琴、おとゞきん、琵琶は少將の命婦仕うまつる。うへ人の中にすぐれたるを召して、はうしたまはす。いみじう面白し。明けはつるまゝに花の色も人の御かたちどもゝほのかに見えて鳥の囀るほど心地ゆきめでたきあさぼらけなり。祿どもは、中宮の御方より賜はす。みこは御ぞ又重ねて賜はり給ふ。その頃の事にはこの繪の定めをし給ふ。「かの浦々の卷は中宮は侍はせ給へ」と聞えさせ給ひければ、これがはじめ又のこりの卷々ゆかしがらせ給へど、「今つぎつぎに」と聞えさせ給ふ。うへにも御心ゆかせ給ひておぼしめしたるを嬉しく見奉り給ふ。はかなき事につけてもかうもてなし聞え給へば、權中納言は猶おぼえをさるべきにやと心やましう思さるべかめり。上の御こゝろざしはもとよりおぼししみにければ猶こまやかにおぼしたるさまを、人知れず見奉り給ひてぞ賴もしくさりともとおぼされける。さるべき節會どもにもこの御時よりと末の人の言ひ傳ふべき例をそへむとおぼし、私ざまのかゝるはかなき御遊も珍しきすぢにせさせ給ひていみじき盛の御世なり。おとゞぞ猶常なきものに世をおぼして今少しおとなびおはしますと見奉りて猶世を背きなむと深くおもほすべかめる。昔のためしを見聞くにも、齡足らでつかさ位高くのぼり世にぬけぬる人の長くはえ保たぬわざなりけり。この御世には身のほどおぼえ過ぎにけり。中頃なきになりて沈みたりしうれへに變りて今までもながらふるなり。今より後のさかえは猶命う