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給ふらむ、今までとはざりけるよと我が御心のなさけなさもおぼし知らる。「いかゞすべき。かゝるしのびありきも難かるべきを、かゝる序ならではえ立ち寄らじ。變らぬありさまならばげにさこそあらめと推し量らるゝ人ざまになむ」とはのたまひながら、ふと入り給はむこと猶つゝましうおぼさる。故ある御消そこもいと聞えまほしけれど、見給ひし程の口おそさもまだかはらずば御使の立ちわづらはむもいとほしうおぼしとゞめつ。惟光も「更にえ分けさせ給ふまじき蓬の露けさになむ侍る。露少し拂はせてなむ入らせ給ふべき」と聞ゆれば、

 「尋ねても我こそとはめ道もなく深きよもぎのもとのこゝろを」とひとりごちて猶おり給へば御さきの露を馬の鞭して拂ひつゝ入れ奉る。あまぞゝぎも猶秋の時雨めきてうちそゝげばみかささぶらふ。「げにこの下露は雨にまさりて」と聞ゆ。御指貫の裾はいたうそぼちぬめり。昔だにあるかなきかなりし中門などましてかたもなくなりて、入り給ふにつけもいとむとくなるを立ちまじり見る人なきぞ心安かりける。姬君はさりともとまちすぐし給へる心もしるく嬉しけれど、いと耻しき御ありさまにてたいめんせむもいとつゝましくおぼしたり。大貳の北の方の奉り置きし御ぞどもをも心ゆかずと思されしゆかりに見入れ給はざりけるをこの人々のかうの御からびつに入れたりけるがいとなつかしきかしたるを奉りければ、いかゞはせむに着かへ給ひて、かの煤けたる御几帳ひきよせておはす。入り給ひて、「年比の隔ても心ばかりはかはらずなむ思ひやり聞えつるを、さしもおどろかい給はぬうらめしさに今までこゝろみ聞えつるを、杉ならぬ木立のしるさに、え過ぎでなむまけ聞