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めりける。惟光入りてめぐるめぐる、人の音する方やと見るに、いさゝか人げもせず。さればこそゆきゝの道に見入るれど人住みげもなきものをと思ひてかへり參る程に、月あかくさし出でたるに見れば、格子ふたまばかりあげて簾垂動く氣色なり。僅に見つけたる心地恐しくさへおぼゆれど寄りてこわづくれば、いと物ふりたる聲にてまづしはぶきをさきに立てゝ、「かれはたれぞ何人ぞ」と問ふ。名のりして、「侍從の君と聞えし人にたいめん給らむ」といふ。「それは外になむ物し給ふ。されどおぼしわくまじき女なむ侍る」といふ聲いたうねび過ぎたれど、聞きしおいびとゝ聞き知りたり。內には思ひ寄らず狩衣姿なる男の忍びやかにもてなしてなごやかなれば、見ならはずなりにけるめにて、もし狐などのへんげにやと覺ゆれど、近うよりて「たしかになむ承らまほしき。變らぬ御有樣ならば尋ね聞えさせ給ふべき御心ざしも足らずなむおはしますめるかし。こよひも行き過ぎがてにとまらせ給へるをいかゞ聞えさせむ。後やすくを」といへば女どもうち笑ひて、「變らせ給ふ御有樣ならばかゝるあさぢが原をうつろひ給はでは侍りなむや、たゞ推し量りて聞えさせ給へかし。年經たる人の心にもたぐひあらじとのみ珍らかなる世をこそは見奉り過ぐし侍れ」とやゝくづし出でゝ問はず語りもしつべきがむつかしければ、「よしよしまづかくなむと聞えさせむ」とて參りぬ。「などかいと久しかりつる。いかにぞ。昔の跡も見えぬ蓬のしげさかな」とのたまへば、「しかじかなむたどりよりて侍りつる。侍從がをばの少將といひ侍ひしおい人なむ、變らぬ聲にて侍りつる」とありさま聞ゆ。いみじうあはれにかゝるしげき中に何心地してすぐし