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我が見捨てゝむ後をさへなむ思ひやり後見たりし。さりとも絕えて思ひ放つやうはあらじと思ひ給へてとかく言ひ侍りしを、背きもせず尋ね惑はさむとも隱れ忍びず、輝かしからずいらへつゝ、唯ありし心ながらはえなむ見すぐまじき、改めて長閑に思ひならばなむあひ見るべきなど言ひしを、さりともえ思ひ離れじと思ひ給へしかば、暫しこらさむの心にてしか改めむともいはず、いたくつなびきて見せしあひだに、いといたく思ひ歎きてはかなくなり侍りにしかば戲ぶれ憎くなむ覺え侍りし。偏にうち賴めたらむ方は、さばかりにてありぬべくなむ思ひ給へ出でらるゝ。はかなきあだごとをも誠の大事をも、言ひ合せたるにかひなからず、たつた姬といはむにもつきなからず、七夕の手にも劣るまじく、その方も具してうるさくなむ侍りし」とて、いと哀と思ひ出でたり。中將「そのたなばたの裁ち縫ふ方をのどめて長き契りにぞあえまし。實にそのたつた姬の錦には、又しくものあらじ。はかなき花紅葉といふも折節の色あひつきなくはかばかしからぬは露のはえなく消えぬるわざなり。さるによりかたき世ぞとは定め兼ねたるぞや」と、いひはやし給ふ。「さて又同じ頃罷り通ひし所は、人も立ちまさり心ばせ誠に故ありと見えぬべく、うち讀み走りかき、搔い彈く爪音手つき口つき皆たどたどしからず見聞き渡り侍りき。見るめも事もなく侍りしかば、このさがなものをうちとけたる方にて時々かくろへ見侍りし程は、いとこよなく心とまり侍りき。この人うせて後いかゞはせむ。哀ながらも過ぎぬるはかひなくてしばしば罷り馴るゝまゝに、少しまばゆく、艷に好ましき事は目につかぬ所あるに、うち賴むべくは見えずかれがれにのみ