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しくし給ひて、見奉る人もなけれどずゞなど取り寄せ給はず、かやうにうるはしくぞ物し給ひける。侍從などいひし御めのとごのみこそ年ごろあくがれ出でぬものにてさぶらひつれど、通ひ參りし齋院うせ給ひなどしていと堪へ難く心ぼそきに、この姬君の母北の方のはらから世におちぶれてず領の北の方になり給へるありけり。むすめどもかしづきてよろしきわかうどゞもゝむげに知らぬ所よりは親どもゝまうで通ひしをと思ひてときどき通ふ。この姬君はかく人うとき御癖なれば睦しくもいひ通ひ給はず、「おのれをばおとしめ給ひておもてぶせにおぼしたりしかば姬君の御有樣の心苦しげなるも見とぶらひ聞えず」などなまにくげなる詞ども言ひ聞かせつゝ時々聞えけり。もとよりありつきたるさやうのなみなみの人は、なかなかよき人のまねに心をつくろひ思ひあがるも多かるを、やんごとなき筋ながらもかうまでおつべきすくせありければにや、心少しなほなほしき御をばにぞありける。わがかくおとりのさまにてあなづらはしく思はれたりしを、いかでかかゝる世の末にこの君を我がむすめどものつかひ人になしてしがな、心ばせなどのふるびたるかたこそあれ、いとうしろやすきうしろみならむと思ひて、「時々こゝに渡らせ給ひて御琴のねも承はらまほしがる人なむ侍る」と聞えけり。この侍從も常に言ひもよほせど、人にいどむ心にはあらで唯こちたき御物づゝみなれば、さもむつび給はぬをねたしとなむ思ひける。かゝるほどにかの家あるじ大貳になりぬ。むすめどもあるべきさまに見置きてくだりなむとす。この君を猶も誘はむの心深くて、「遙にかく罷りなむとするに心細き御ありさまの常にしもとぶらひ