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聞えむとなむ思ひ給ふる。更に後めたくな思ひ聞え給ひそ」など聞え給へば、「いと難きこと誠にうち賴むべき親などにてみゆづる人だに女おやに離れぬるはいとあはれなることにこそ侍るめれ。まして思ほし人めかさむにつけてもあぢきなきかたやうちまじり人に心も置かれ給はむ。うたてある思ひやりごとなれどかけてさやうの世づいたるすぢにおぼしよるな。うき身をつみ侍るにも女は思のほかにて物思ひをそふるものになむ侍りければいかでさるかたをもてはなれて見奉らむと思ひ給ふる」など聞え給へば、あいなくものたまふかなとおぼせど、「年比よろづ思ひ給へしりにたるものを、昔のすき心の名殘あり顏にのたまひなすもほいなくなむ。よし、おのづから」とてとは暗うなり內は大となぶらほのかに物より通りて見ゆるを、もしもやとおぼえてやをら御几帳のほころびより見給へば、心もとなき程の火影に、御ぐしいとをかしげに花やかにそぎて寄り居給へる、繪に書きたらむさましていみじうあはれなり。ちやうの東おもてにそひ臥し給へるぞ宮ならむかし。御几帳のしどけなく引きやられたるより御目とゞめて見通し給へればつらづゑつきていと物悲しとおぼいたるさまなり。はつかなれどいと美しげならむと見ゆ。御ぐしのかゝりたる程かしらつきけはひあてにけだかきものからひぢゝかにあいぎやうづき給へるけはひしるく見え給へば、心もとなくゆかしきにもさばかりのたまふものをとおぼしかへす。「いと苦しさまさり侍る。かたじけなきを、はや渡らせ給ひね」とて人にかきふせられ給ふ。「近く參りたるしるしによろしうおぼされば嬉しかるべきを、心苦しきわざかな。いかにおぼさるゝぞ」とて覗き給ふけし