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なむ。猶かくては得過ぐすまじきを思ひ立ち給ひね。さりとも後めたきことはよも」と書い給へり。入道例の喜びなきして居たり。かゝるをりは生けるかひも作り出でたることわりなりと見ゆ。こゝにもよろづ所せきまで思ひ設けたりければ、この御使なくば闇の夜にてこそ暮れぬべかりけれ。めのともこの女君のあはれに思ふやうなるをかたらひ人にて世のなぐさめにしけり。をさをさ劣らぬ人もるゐにふれてむかへ取りてあらすれど、こよなく袞へたる宮仕人などのいはほのなか尋ぬるが落ちとまれるなどこそあれ。これはこよなうこめき思ひあがれり。聞き所ある世の物語などして、おとゞの君の御有樣世にかしづかれ給へる御おぼえの程も女心地に任せて限なく語り盡せば、げにかくおぼしいづばかりの名殘とゞめたる身もいとたけくやうやう思ひなりけり。御文諸共に見て心のうちに、あはれかうこそ思の外にめでたき宿世はありけれ、うきものは我が身にこそありけれと思ひつゞけゝれど、「めのとの事はいかに」などこまやかにとぶらはせ給へるもかたじけなく何事も慰めけり。御返しには、

 「かずならぬみしまがくれに鳴くたづをけふもいかにと訪ふ人ぞなき。よろづに思ひ給へむすぼゝるゝありさまをかくたまさかの御なぐさめにかけ侍る。命のほどもはかなくなむ。げに後やすく思ひ給へ置くわざもがな」とまめやかに聞えたり。うちかへし見給ひつゝあはれと長やかにひとりごち給ふを、女君しりめに見おこせて、「浦よりをちにこぐ船の」と忍びやかにひとりごちながめ給ふを、「誠にかくまでとりなしたまふよ。こはたゞかばかり