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びたるかたなどを靜にかきまぜて、すくよかならぬ山の氣色木深く世離れてたゝみなし、け近き籬の內をば、その心しらひおきてなどをなむ上手はいと勢殊に、わるものは及ばぬ所多かめり。手を書きたるにも深き事はなくて此處彼處の點ながに走りがき、そこはかとなく氣色ばめるはうち見るにかどかどしくけしきだちたれど、猶誠のすぢをこまやかに書き得たるはうはべの筆消えて見ゆれど今一度とり並べて見れば猶じちになんよりける。はかなき事だにかくこそ侍れ。まして人の心の時に當りて氣色ばめらむ、見る目のなさけをばえ賴むまじく思ひ給へ侍る。その始の事、すきずきしくとも申し侍らむ」とて近く居寄れば、君も目さまし給ふ。中將いみじく信じてつら杖をつきて對ひ居給へり。法の師の世のことわり說き聞かせむ所の心地するもかつはをかしけれど、かゝるついではおのおのむつごともえ忍びとゞめずなむありける。「はやうまだいと下臈に侍りし時哀と思ふ人侍りき。聞えさせつるやうにかたちなどいとまほにも侍らざりしかば、若き程のすきごゝちにはこの人をとまりにとも思ひ留め侍らず、よるべとは思ひながらさうざうしくてとかく紛れありき侍りしを、物怨じをなむいたくし侍りしかば、心づきなういとかゝらでおいらかならましかばと思ひつゝ、あまりいとゆるしなく疑ひ待りしもうるさくて、かく數ならぬ身を見も放たでなどかくしも思ふらむと、心苦しき折々も侍りて、じねんに心治めらるゝやうになむ侍りし。この女のあるやう、素より思ひ至らざりける事にもいかでこの人の爲にはとなき手をいだし、後れたるすぢの心をも猶口惜しくは見えじと思ひ勵みつゝ、とにかくにつけて物まめやかに