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ふともおろかならぬ志はしも、なずらはざらむと思ふさへこそ心苦しけれ」とてうちなき給ひぬ。女君顏はいと赤くにほひてこぼるばかりのあいぎやうにて淚もこぼれぬるを、萬の罪忘れてあはれにらうたしと御覽ぜらる。「などかみこをだにもたまへるまじき。口惜しうもあるかな。契深き人のためには今見出で給ひてむと思ふも口惜しや。かぎりあればたゞ人にてぞ見給はむかし」など行く末の事をさへのたまはするにいと恥しうも悲しうもおぼえ給ふ。御かたちなどなまめかしう淸らにて限なき御心ざしの年月にそふやうにもてなさせ給ふに、めでたき人なれどさしも思へらざりし氣色心ばへなど物思ひ知られ給ふまゝに、などて我が心の若くいはけなきに任せてさる騷ぎをさへ引き出でゝ我名をば更にもいはず、人の御ためさへなど思し出づるに、いとうき御身なり。明くる年のきさらぎに春宮の御元服のことあり。十一になり給へど程よりおほきにおとなしう淸らにて、唯源氏の大納言の御顏を二つにうつしたらむやうに見え給ふ。いとまばゆきまで光りあひ給へるを世の人めでたきものに聞ゆれど、母宮はいみじうかたはらいたきことにあいなく御心を盡し給ふ。內にもめでたしと見奉り給ひて世のなか讓り聞え給ふべきことなどなづかしう聞え知らせ給ふ。同じ月の廿餘日みくにゆづりのこと俄なればおほきさきおぼしあわてたり。「かひなきさまながらも心のどかに御覽ぜらるべき事を思ふなり」とぞ聞え慰め給ひける。坊にはしようきやう殿のみこ居給ひぬ。世の中改まりて引きかへ今めかしき事ども多かり。源氏の大納言內大臣になり給ひぬ。數定まりてくつろぐ所もなかりければ加はり給ふなりけり。やがて世の政を