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となむ。


澪標

さやかに見え給ひし夢の後、院の帝の御事を心にかけ聞え給ひて、いかでかの沈み給ふらむ罪救ひ奉ることをせむとおぼし歎きけるを、かくかへり給ひてはその御いそぎし給ふ。神無月には御八講し給ふ。世の人靡き仕うまつること昔のやうなり。おほきさき猶御なやみ重くおはしますうちにも遂にこの人をえけたずなりぬることゝ心やみおぼしけれど、帝は院の御ゆゐごんを思ひ聞え給ふ。物のむくいありぬべくおぼしけるをなほし立て給ひて御心地すゞしくなむ覺しける。時々おこり惱ませ給ひし御目もさはやぎ給ひぬれど、大方世にえ長くあるまじう心細きことゝのみ久しからぬ事を思しつゝ常に召しありて源氏の君は參り給ふ。世のなかの事なども隔なくの給はせなどしつゝ御ほいのやうなれば大方の世の人もあいなく嬉しきことに喜び聞えける。おり居なむの御心づかひ近くなりぬるにもないしのかみの心細げに世を思ひ歎き給へるいとあはれにおぼされけり。「おとゞうせ給ひ大宮もたのもしげなくのみあつい給へるに我が世の殘り少き心地するになむ、いといとほしう名殘なきさまにてとまり給はむとすらむ。昔より人には思ひおとし給へれどみづからのこゝろざしの又なき習ひに唯御事のみなむあはれにおぼえける。立ちまさる人又御ほいありて見給