Page:Kokubun taikan 01.pdf/286

このページは校正済みです

などなくて急ぎ入り給ひぬ。二條院におはしましつきて都の人も御供の人も夢の心地して行きあひ、喜び泣きもゆゝしきまで立ち騷ぎたり。女君もかひなきものにおぼし捨てつる命嬉しうおぼさるらむかし。いと美しげにねびとゝのほりて御物思ひの程に所せかりし御ぐしの少しへがれたるしもいみじうめでたきを今はかくて見るべきぞかしと御心落ちゐるにつけては、又かの飽かず別れし人の思へりしさま心苦しうおぼしやらる。猶世と共にかゝる方にて御心のいとまぞなきや。その人の事どもなど聞え出で給へり。おぼし出でたる御氣色淺からず見ゆるを、たゞならずや見奉り給ふらむ。わざとならず「身をば思はず」などほのめかし給ふぞをかしうらうたく思ひ聞え給ふ。かつ見るにだに飽かぬ御さまをいかで隔てつる年月ぞとあさましきまでおもほすに、とりかへし世の中もいとうらめしうなむ。程もなくもとの御位あらたまりてかずより外の權大納言になり給ふ。つぎつぎの人もさるべき限はもとのつかさかへし給ふ。世に許さるゝほど、枯れたりし木の春にあへる心地していとめでたげなり。めしありてうちに參り給ふ。御前に侍ひ給ふにねびまさりていかでさる物むつかしき住ひに年經給ひつらむと見奉る。女房などの院の御時より侍ひて老いしらへるどもは悲しくて今更になき騷ぎめで聞ゆ。上もはづかしうさへおぼされて御よそひなど殊に引きつくろひて出でおはします。御心地例ならず日頃經させ給ひければいたう衰へさせ給へるを、昨日今日ぞ少しよろしう思されける。御物語しめやかにありて夜に入りぬ。十五夜の月おもしろう靜なるに昔の事かきくづしおぼし出でられてしほたれさせ給ふ。物心細く