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し合せよ。誓ひしことも」など書きて「何事につけても、

  しほしほとまづぞ流るゝかりそめのみるめは蜑のすさびなれども」とある御かへり、何心なくらうたげに書きて、はてに「忍びかねたる御夢がたりにつけても思ひ合せらるゝこと多かるに、

  うらなくも思ひけるかな契りしをまつより浪は越えじものぞと」。老らかなるものからたゞならずかすめ給へるを、いと哀にうち置き難く見給ひて、名殘久しう忍びの旅寢もし給はず。女思ひしもしるきに、今ぞ誠に身も投げつべき心ちする。行くすゑみじかげなる親ばかりをたのもしきものにていつの世に人なみなみになるべき身とは思はざりしかど、唯そこはかとなくてすぐしつる年月は何事をか心をもなやましけむ、かういみじう物思はしき世にこそありけれと、かねて推し量り思ひしよりもよろづに悲しけれど、なだらかにもてなしてにくからぬさまに見え奉る。哀とは月日にそへておぼしませど、やんごとなき方の覺束なくて、年月をすぐし給ふがたゞならずうち思ひおこせ給ふらむがいと心苦しければ、一人臥しがちにて過し給ふ。繪をさまざまかき集めて思ふことゞもを書きつけ、かへりごと聞くべきさまにしなし給へり。見む人の心にしみぬべきものゝさまなり。いかでかそらに通ふ御心ならむ。二條の君も物哀に慰む方なく覺え給ふ。折々同じやうに繪をかき集め給ひつゝやがてわが御有樣をにきのやうに書き給へり。いかなるべき御有樣どもにかあらむ。年かはりぬ。

內に御藥のことありて世の中さまざまにのゝしる。當代の皇子は右大臣の御むすめ、承