Page:Kokubun taikan 01.pdf/279

このページは校正済みです

勢の御息所にいとよう覺えたり。何心もなくうちとけて居たりけるをかう物覺えぬにいとわりなくて近かゝりけるざうしの內に入りて、いかで堅めけるにかいとつよきを、强ひてもおし立ち給はぬさまなり。されどさのみもいかでかはあらむ、人ざまいとあてにそびえて心耻しきけはひぞしたる。かうあながちなりける契を思すにも淺からず哀なり。御志のちかまさりするなるべし。常はいとはしき夜の長さも疾く明けぬる心地すれば人に知られじとおぼすも、心あわたゞしうてこまかに語らひ置きて出で給ひぬ。御文いと忍びてぞけふはある。あいなき御心のおになりや。こゝにもかゝる事いかで漏さじとつゝみて御使ことごとしくももてなさぬを胸いたく思へり。かくて後は忍びつゝ時々おはす。程も少し離れたるにおのづから物いひさがなき海士のこもや立ちまじらむとおぼし憚る程を、さればよと思ひ歎きたるを、げにいかならむと入道も極樂の願ひをば忘れて唯この氣色を待つことにはす。今更に心を亂るもいといとほしげなり。二條の君の、風のつてにも漏り聞き給はむ事は、戯ぶれにても心の隔ありけると思ひ疎まれ奉らむは心苦しう耻しうおぼさるゝもあながちなる御志の程なりかし。かゝる方の事をばさすがに心留めて怨み給へりし折々、などてあやなきすさび事につけてもさ思はれ奉りけむなどとりかへさまほしう、人の有樣を見給ふにつけても戀しさの慰むかたなければ、例よりも御文こまやかに書き給ひて、奧に「まことや、われながら心より外なるなほざりごとにて疎まれ奉りしふしぶしを思ひ出づるさへ胸痛きに、又怪しう物はかなき夢をこそ見侍りしか。かう聞ゆる問はずがたりに隔なき心のほどは思