Page:Kokubun taikan 01.pdf/277

このページは校正済みです

かに語らふわざをもすなれ、人數にもおぼされざらむものゆゑわれはいみじき物思をやそへむ、かく及びなき心を思へる親達も世ごもりてすぐす年月こそあいなだのみに行く末心にくゝ思ふらめ、なかなかなる心をや盡さむと思ひて、唯この浦におはさむ程斯る御文ばかりを聞えかはさむこそおろかならね、年頃音にのみ聞きていつかはさる人の御有樣をほのかにも見奉らむなど遙に思ひ聞えしを、かく思ひかけざりし御住ひにてまほならねどほのかにも見奉り、よになきものと聞き傅へし御琴の音をも風につけて聞き、明暮の御有樣覺束なからでかくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそかゝる海士の中に朽ちぬる身にあまる事なれなど思ふに、いよいよ耻しうて露もけぢかき事は思ひよらず。親達はこゝらの年頃のいのりかなふべきを思ひながら、ゆくりかに見せ奉りておぼしかずまへざらむ時いかなる歎をかせむと思ひやるにゆゝしくて、めでたき人と聞ゆともつらういみじうもあるべきを目に見えぬほとけ神を賴み奉りて人の御心をも宿世をも知らでなどうち返し思ひ亂れたり。君はこの頃の浪の音に「かの物の音を聞かばや。さらずばかひなくこそ」など常はの給ふ。忍びてよろしき日見せて母君のとかく思ひ煩ふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知せず心一つにたちゐかゞやくばかりしつらひて、十三日の月の華やかにさし出でたるに、唯「あたら夜の」と聞えたり。君はすきのさまやと思せど御直衣奉り引きつくろひて夜ふかして出で給ふ。御車は二なく作りたれど所せしとて御馬にて出で給ふ。惟光などばかりをさぶらはせ給ふ。やゝ遠く入る所なりけり。道のほどもよもの浦々見渡し給ひて思ふどち見ま