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くてやは年を重ねむ、今更に人わろき事をやはと思ししづめたり。

その年おほやけに物のさとししきりて物さわがしき事多かり。三月十三日神なりひらめき、雨風さわがしき夜、帝の御夢に院の帝おまへのみはしのもとに渡らせ給ひて御氣色いと惡しうて睨み聞えさせ給ふを、畏まりておはします。聞えさせ給ふ事ども多かり。源氏の御事どもなりけむかし。いとゞ恐しういとほしと思して、后に聞えさせ給ひければ「雨などふり空亂れたる夜は、思ひなしなる事はさぞ侍る。かろがろしきやうに覺し驚くまじき事」と聞え給ふ。睨み給ひしに見合せ給ふと見しけにや、御目煩ひ給ひて堪へ難う惱み給ふ。御つゝしみ內にも宮にも限りなくせさせ給ふ。おほきおとゞうせ給ひぬ。ことわりの御齡なれど次々におのづから騷しき事あるに大宮もそこはかとなう煩ひ給ひて程經れば弱り給ふやうなる、內に思し歎く事さまざまなり。猶この源氏の君誠に犯すことなきにて、かくしづむならば、必ずこのむくいありなむとなむ覺え給ふ。今は猶もとの位をも給ひてむと度々おぼしの給ふを「世のもどきあはあはしきやうなるべし。罪に落ちて都を去りし人をみとせをだにすぐさず許されむことは世の人もいかゞ言ひ傳へ侍らむ」など后固う諫め給ふにおぼしはゞかる程に月日かさなりて、御なやみどもさまざまに重り增らせ給ふ。

明石には例の秋は濱風の殊なるに、獨寢もまめやかに物侘しうて入道にも折々語らはせ給ふ。「とかうまぎらはして、こち參らせよ」との給ひて、渡り給はむことをばあるまじう思したるを、さうじみはた更に思び立つべくもあらず。いと口惜しき際の田舍人こそかりにくだりたる人のうちとけ事につきてさやうに輕ら