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り。げにもすきたるかなと目ざましう見給ふ。御使に、なべてならぬ玉もなどかづけたり。又の日「せんじがきは見知らずなむ」とて、

 「いぶせくも心にものをなやむかなやよやいかにと問ふ人もなみ。いひがたみ」とこの度はいといたうなよびたる薄樣にいと美くしげに書き給へり。若き人のめでざらむもいと餘りうもれいたからむ。めでたしとは見れどなずらひならぬ身のほどのいみじうかひなけれは、なかなか世にあるものと尋ね知り給ふにつけて淚ぐまれて、更に例のどうなきをせめていはれて、淺からずしめたる紫の紙に墨つき濃く薄くまぎらはして、

 「思ふらむ心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ」。手のさま書きたるさまなどやんごとなき人にいたう劣るまじう上ずめきたり。京のことおぼえてをかしと見給へど、うちしきりて遣さむも人めつゝましければ、二三日へだてつゝ、つれづれなる夕暮、もしは物哀なる曙などやうに紛らはして折々人も同じ心に見知りぬべき程推し量りてかきかはし給ふに似げなからず。心深く思ひあがりたる氣色も見では止まじとおぼすものから、良淸が、らうじていひし氣色も目ざましう、年頃心づけてあらむを目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、人すゝみ參らばさる方にても紛らはしてむと覺せど、女はたなかなかやんごとなき際の人よりも、いたう思ひあがりて妬げにもてなし聞えたれば心くらべにてぞ過ぎける。京の事をかくせき隔たりてはいよいよ覺束なく思ひ聞え給ひて、いかにせまし戯ぶれにくゝもあるかな、忍びてや迎へ奉りてましと思し弱る折々あれどさりともか