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はのいときなう侍りしより思ふ心侍りて、年頃の春秋ごとにかのみやしろに參ることなむ侍る。ひるよるの六時のつとめにみづからのはちすの上の願ひをばさる物にて、唯この人を高きほいかなへ給へとなむ念じ侍る。さきの世の契つたなくてこそかく口惜しき山がつとなり侍りけめ。おやおとゞの位を保ち給へりき。自らかく田舍の民となりて侍り。次々さのみ劣りまからむは何の身にかなり侍らむと悲しく思ひ侍るを、これは生れし時より賴む所なむ侍る。いかにして都のたかき人に奉らむと思ふ心深きにより、ほどほどにつけてあまたの人のそねみを負ひ、身のためからきめを見る折々も多く侍れど更に苦みと思ひ給へず。命の限はせばき袖にもはぐゝみ侍りなむ。かくながら見棄て侍りなば海の中にもまじり失せねとなむおきて侍る」などすべてまねぶべくもあらぬ事どもをうち泣きうちなき聞ゆ。君も物をさまざまおぼし續くるをりからはうち淚ぐみつゝ聞しめす。「橫さまの罪にあたりて思ひがけぬ世界に漂ふも何の罪にかと覺束なく思ひつるを、こよひの御物語にこそはとあはれになむ。などかはかくさだかに思ひ知り給ひけることを今までは吿げ給はざりつらむ。都離れし時より世の常なきもあぢきなうおこなひより外のことなくて月日を經るに心も皆くづほれにけり。かゝる人ものし給ふとはほの聞きながらいたづら人をばゆゝしきものにこそ思ひ捨て給ふらめと思ひくしつるを、さらば導き給ふべきにこそあなれ。心ぼそき獨寢のなぐさめにも」などの給ふをかぎりなく嬉しと思へり。

 「ひとりねは君もしりぬやつれづれと思ひあかしの浦さびしさを。まして年月思ひ給へ